リーダーの易経と、ドラッカーの『すでに起こった未来』について/経済人類学の世界14
楽天日記の亜さん
こと、『リーダーの易経
』の竹村亜希子さんの日記
を読んでいて、先日、亡くなられてしまったが、世界的な経営学者のピーター・ドラッカー氏
の
- P.F. ドラッカー, P.F. Drucker, 上田 惇生, 林 正, 佐々木 実智男, 田代 正美
- すでに起こった未来―変化を読む眼
との共通点に思い至った。
ピーター・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker、1909年 11月19日 -2005年 11月11日 )はオーストリア 生まれの経営学者 ・社会学者 。なお、著書『すでに起こった未来』(原題"The Ecological Vision")では、みずからを、生物環境を研究する自然生態学者とは異なり、人間によってつくられた人間環境に関心を持つ「社会生態学者」と規定している。ベニントン大学、ニューヨーク大学教授を経て、2003年まで、カリフォルニア州クレアモント大学院教授を歴任。「現代経営学」、あるいは「マネジメント 」 (management) の発明者と呼ばれる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia) 』より引用)
ピーター・ドラッカー氏 はみずからを、生物環境を研究する自然生態学者とは異なり、人間によってつくられた人間環境に関心を持つ「社会生態学者」と規定している。
実は彼は経済人類学者カール・ポラン二ー
との関係も深く、死の直前に日経新聞に連載された私の履歴書をまとめた著書、
- ピーター・F. ドラッカー, Peter F. Drucker, 牧野 洋
- ドラッカー20世紀を生きて―私の履歴書
の中では、ポランニー家とは、生涯、家族ぐるみのつき合いをしたという記述がある。
実は彼は若き日に『ケインズの有効需要政策、ヒットラーの台頭を予言していた』のだが、その話に唯一、耳を傾けてくれたのが、当時、ドイツで経済記者をしていたカール・ポラン二ーだったという。
ほとんどの人にとって、まさかそんなことが起ころうとは想像だにしていなかった。ドラッカーには『すでに起こった未来』、わずかな兆しが見えていたのだろう。
カール・ポラン二ーもまた、ドラッカー青年の発言の中に何かを感じ取ったのだろう。
このあたりの話は、
栗本 慎一郎 - ブダペスト物語
に詳しく書かれているので参照してほしい。
ということで、このことをきっかけにピーター・ドラッカー氏
は経済人類学者カール・ポラン二ー
を師として仰ぐことになるのだが、ドラッカー氏の著作が経済よりも社会、人間について言及されているのはカール・ポランニーの経済人類学の哲学の影響だと思われる。
特に、カール・ポランニーの最後の著書のタイトルが『人間の経済』
というのも非常に象徴的で、師であるカール・ポランニーが資本主義の激流によって破壊されてゆく、社会と人間の反撃について語っているのに対して、ドラッカーはそういう資本主義経済に、人間的な要素を組み込んでいくための人間や社会の適応方法について模索し、語っていたようにも思える。
- カール・ポランニー, 玉野井 芳郎, 栗本 慎一郎
- 人間の経済 I 市場社会の虚構性
- カール・ポランニー, 玉野井 芳郎, 中野 忠
- 人間の経済 II 交易・貨幣および市場の出現
ライブドアのホリエモンや、楽天の三木谷氏のフジテレビ、TBSの株買占め事件における、人間的尊厳に対する再認識は、企業の要はやはり人だ、ということを強く印象づけたようにも思える。
さて、話を戻すが、竹村亜希子さんの日記
に中でこういう記述がある。
「霜を履みて堅氷に至る」
晩秋の早朝に薄っすらと霜が降りている。
息を吹きかけただけでその霜は消えてしまう。
一瞬にして解けて消えてしまうので
気付かなければ、それは分からない。
何気なく吐いた息が白くなって
寒くなったと思う。
霜を見る。
庭の樹木に薄く降りている。
昨日までは霜は降りていなかった。
いつの間にか霜が降りていた。
気付く。
昨日は、そして一昨日は
本当に霜が降りていなかったのか。
もしかしたら降りていたのかもしれない。
今、はじめて気付いた。
この気付きがポイントである。
「霜が降りているな」だけで終わる人と
「霜が降りている。冬が近づいたな」と思う人がいる。
考えてみれば、当たり前のことである。
易経には、当たり前のことしか書かれていない。
春の次は夏が来て、夏の次には秋が来て
秋の次には必ず冬が来る。
冬を飛ばして春には行かない。
霜が降りた時点で
氷に閉ざされる冬が間もなくやってくる。
今すぐには厳しい寒さの冬には至らないし
一足飛びに暖かい春になったり
暑い夏に戻りはしない。
「霜を履みて堅氷に至る」
霜が降りてからしばらく時を経て
堅い氷に閉ざされた冬が来る。
それは
「一朝一夕の故にあらず」
一足飛びに時間が進んだのではない。
霜が降りてから堅氷に至るまでに
どれだけ長い月日、プロセスがあったことか。
何かが起きる時は
その遥か以前に必ず兆しが現れる。
それは一朝一夕のことではない。
新シリーズ「易経に学ぶ企業倫理と危機管理」/「リーダーの易経」書評更新
より引用。
この日記の話は、つまり、
何かが起こる時には兆しがあり、
その兆しは、最初はほんのわずかな目に見えないようなことであり、それが積み重なって、次第に物事が現れてくるということを語っています。
未来を予測するということは一見、不可能のように思えますが、このわずかな兆しに気づけば、次に何が起こり、未来がどのような方向に流れていくかは、ある程度、予測がつくかもしれません。
ドラッカー氏はこのことを『すでに起こった未来』と表現しましたが、亜さんによれば、このわずかな兆しに気づく感受性が大切だ といいます。
たぶん、ふたりは同じことを言ってるのではないかと僕は思っています。
- P.F. ドラッカー, P.F. Drucker, 上田 惇生, 林 正, 佐々木 実智男, 田代 正美
- すでに起こった未来―変化を読む眼
- 竹村 亞希子
- リーダーの易経―時の変化の道理を学ぶ
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